2回目は、作曲家・ピアニストの高橋悠治さん。(写真は昨年 リハーサルの帰り道 渋谷にて)
初めてご一緒したのは、2008年6月、悠治さんのリサイタルツアーのゲスト出演でした。モンポウをメインに弾かれるとのことで、歌も同作曲家の曲になり、アンコールにはバッハ「Erbarme dich」と悠治さんの「ゆめのよる」を歌いました。初回のリハーサルは、所沢にある松明堂音楽ホール。あの2時間は、16年経とうとする今もくっきりと覚えています。
白状しますと、悠治さんの演奏を生で聴いたのはそのリハーサルが最初でした。良く知っていた曲も、悠治さんのピアノからの空間の立ち上がりは全く予測不能で、高揚感と同時に圧倒的な静けさがありました。「一体、いま何が起こってるのだろうか?」混乱しつつ、気づけば自分の頭をピアノの蓋の中へ入れていました。響きを浴びて正体をとらまえようとしていたのでしょうか。すると悠治さんが「何かそこにいるの?」と面白そうに聞いてきます。ほんとに、何がいたんでしょうね。
ツアーでもその響きの揺らぎはさらに多様性をもって起こり、浜離宮、札幌、福岡とそれぞれのホールの音響の中で言葉にできない音楽の瞬間を体験。東京への帰途に着く頃には「また何か一緒にやらせてください!」とお願いしていました。
以来、毎年のように悠治さんの新曲を歌い、ほかにもたくさんの作曲家のレパートリーを共演させていただいてます。
悠治さんの音楽におけるもうひとつ大きな存在が、選ばれる詩です。新作として書いていただいた歌の詩人たち。
辻まこと 長谷川四郎 永瀬清子 森崎和江 辻征夫
干刈あがた 時里二郎 アイヴァ・ガーニー
淡々としたパワー、一切の甘さを削ぎ落とした真の優しさに満ちた言葉。
「今度の詩はこれです」とテクストが送られてくるたび、その詩にやはり”うたれた”のでした。
悠治さんと音を出す時の、外側へと解き放たれる感覚。大きな海にいるのか、ミクロの世界の住人になったのか、宇宙へ泳ぎ出たのか、わからない。ある種の不安定な感覚。水のように、二度と同じ瞬間のない音楽です。
高橋悠治さんの音楽に出会わせてくれたのは、名プロデューサーの故・平井洋さんでした。2008年のツアーに際し、ゲスト枠へ私を推薦くださったそうです。2022年1月に亡くなられる前、最後に交わしたメールはまだパソコンの中にあり、消すことができません。三回忌の今月あらためて、心からの感謝をおくります。ありがとうございました。